子育てについて、色々なお悩みの話を耳にする。私も二人の娘の父親。
悩みのお話を聞いていると共感する点も往々にある。

なかなか難しい子育て。今日は子育てについて一言。

先日来、パチンコ店の駐車場などで赤ちゃんを車内に置き去りにし、両親が遊び、赤ちゃんが死亡する事件が相次いでいる。

アメリカではこの手の親の罪は重い。基本的に赤ちゃんを車内に残して両親が車を離れた瞬間に罪となる。

イリノイ州では、14歳以下の子供を長時間放置すると育児放棄として事故が無くとも違法行為とされる。

デラウェラ州の空軍基地では、子供の年齢別に放置時間等の細かい厳しい基準が示されている。

また、「ブライアン法」には、置き去りにした赤ちゃんが死亡した場合には、無条件に過失致死罪が親に適用されるように決められている。

日本でも事故を防ぐように駐車場の警備員の方が、車内に赤ちゃんが置き去りにされていないか見回りを実施している。

赤ちゃんが見えないように車内を日よけで隠してパチンコに講じる親もいるという。
日本の法は事故が起きたときに対処するもの。アメリカと比べて軽い。厳重にすべき。

真夏なら車内の温度は50℃にもなるという。赤ちゃんは、脱水症状を起こし、手足をバタつかせ、もがき苦しみながら死んでゆくのだろう。拷問のようだ。親失格。

そもそも子育てとはなんだろう。親の気持ちとは。

(1)子供を元気に健全に成長させること。
(2)社会で生き抜く力を身に付けさせること。
(3)優しい心を教えること。

大きくはこの三つではないだろうか。(勉強を教えるなどは、②に含まれる。)

(1)が先ずは一番大切。先ずは健康である。子供が病気であったりすると、子供も誠に可愛そうであるが、親も同様に辛い。子供の健康を真に気遣う。

(2)に大きな力が注がれる。親はいつまでも生きられない。子供より先に寿命を迎える。生き残った子供が不自由なく生きてゆけるように、社会で生き抜く力を身に付けさせる。

(3)は、心の教育。子供が社会の中で、一人ぼっちとならないように、皆と仲良く一緒に生きてゆけるように、情操教育に力を入れる。今、この点が薄くなっているように思う。

先に述べた赤ちゃんの車内置き去り事件などは、(1)が全く出来ていないことになる。
これさえ出来ないようでは、(2)も(3)も到底無理であろう。

これら(1)(2)(3)を旨く実行するために、何が必要だろうか。

言わずと知れた「親の愛」だ。何にもまして「愛」こそ大切。これなくしては、うまく立ち回っても、(1)(2)(3)は総て出来ない。

逆に言えば、確りした「親の愛」を子供に持っていれば、子供と接する時間が少々少なくても、子供は旨く育つと思う。

何故か。

子供は「親の愛」を確りと感じる存在であるからだ。ここが非常に大切な部分。子供は親のことを、非常によく見ている。凄い観察力だ。観察力と言うより直感だろう。

生き物としての直感といった方が良いのかもしれない。親のいい加減な気持ちや手抜きは、直ぐに子供に見抜かれる。

したがって、例え子供との接触時間が少なくても、子供を確りと愛し、一生懸命な心を持って、子供を育てようとすれば、きっといい子が育つと思う。

自分の子供にはこのような問題があって・・・・・。よく聞く悩みである。どの家庭にもあるかもしれない。

親が子供の問題点を悩むときに、親として、自らの姿も一緒に考えることが大切だと思う。

私も世間の親と同じように二人の娘の親として、このことを実践してゆこうと思う。

※子育てに関して、社会の制度的な問題点については、次回以降にて※